鞄を持たないで登校していたら、教師に怒られてしまった話

俺は高校の時、鞄を持たずに手ぶらで登校していた。

自転車通学だったが、自転車カゴに教科書が入った鞄を入れて走るのは重たくなって嫌だった。

俺自身はなんてことないことだと思っていたが、周囲からは思った以上に、異様にからかわれた。他人は一瞥くれるだけだが、知り合いはかなりひやかしてきた。もういいだろ、というラインを越えていつまでもひやかされた(ほとんどギャグっぽい雰囲気だが)。

 

ある日体育教師に目をつけられて、「なんでカバン持ってないんだ」と言われた。

 

「教科書類は全部学校の机に入れてあるからです」

「じゃあ家で復習はどうするんだ」

「自宅用の参考書があるからそれをやってます」←もちろんやっていない。

「それは市販の参考書か?」

「はい」

「学校で勉強した内容なんだから学校で使った教材でちゃんと勉強しなきゃダメだろ」

「書いてあることはほとんど同じなので大丈夫です」

 

家で教科書開いて勉強する生徒なんて、100人に1人しかいないと思うが、家に帰って復習しなければならないと思っているらしい。おそらくこの体育教師ですら持ち帰っても、開くことなんてなかったはずなのに、真面目な建前を前提に話をするのはバカらしかった。

 

本当は、「家で教科書開いて復習する生徒なんて100人に1人しかいないんだから、僕だけ怒られるのは理屈が合いません」と言おうと思ったが、話が長くなりそうだからやめておいた。

 

「学生がな、鞄を持たずに堂々と登校するってことが、どういうことがわかるか?」

「はぁ」

 

そもそもほとんどの学生は家に持ち帰っても復習なんてしないし取り出さないし、基本的に置き弁をしてスカスカの鞄を持ってくるか。女だったらせいぜい化粧品しか入っていない。

「学生らしい」と、ただ見栄えが良い悪いを理由にカバンを背負って投稿することになんか意味あるんだろうか。

 

それだったら朝気持ちよく学校に行けるように、余計なものを排除したほうがいい。この頃からミニマニストの才能を持っていたのかもしれない。

 

「お前は全部の科目の教科書を学校の机にしまい込んでいるのか?」

「はい」

「プリント類とか貰ったものはどうしてるんだ?」

「折りたたんで学ランのポケットにしまい込むか、それもそのまま机の中にしまい込んでしまったり、色々です」

 

机に入らなかった分は、ロッカーにしめ込んで、必要な時にだけ取り出すようにしている。

 

「お前はこの学校の生徒だという看板を背負っているんだ」

「会社の営業だってそうだ。サラリーマンが鞄を持たずに営業していたらどう思う? 何も鞄を持たずに歩いていたらお前はどう思う? この会社員が務めている会社は一体どうなってるんだ? そんなところの会社の商品を書いたいと思うか? 信用できないと思わないか?」

 

「いや、別に」

当時は想像力が欠けているせいか、異端派がカッコいいと思っていたからか、俺は沢尻エリカみたいに答えた。

本当のところはどうなんだろう? そんな鞄を持たないサラリーマンがいたら、そいつの会社の商品を買いたいと思わないだろうか?

 

どっちでもいいと言えば、どっちでもいい。欲しかったら買うし、欲しくなかったら買わない。手ぶらで歩いて自宅に訪問してきたら、確かに気持ち悪いと思わないところもない。なんだこいつ? と思うかもしれない。

 

「お前は思わないかもしれないが、お前以外の人間はみんなおかしいと思うんだ。同じなんだよ、その営業マンと。鞄を持たないで歩いている学生っていうのは、それだけで奇異な目で見られるんだ。あの学生服、どこの学校かしら? って思われるんだ。学生と言っても組織の一員なんだ。お前一人のせいで、学校全体が悪く思われるんだ」

 

「……」

 

元々、俺が在籍している学校は、偏差値が45くらいのクソ学校だった。学ラン全開でボタンを開けたり、腰パンをしたり、派手な化粧をしたり、「喧嘩してぇ」と顔に書いてあったり、鞄を持たないことより、学校の風評を悪くしそうな生徒がウジャウジャいた。

 

でも、鞄を持たない方が怒られてしまうのだ。

 

奇異というか、一人だけ変わったことをしているので、民主的な圧倒的な力で排除しやすい作用が働いているんだろう。

 

一種の、気味が悪い、反社会的な臭いを持つ学生や、その行為を咎めるのには遠慮がいらないと思っている典型的なタイプだ。

 

不良や学校カーストが高い生徒は見送られることがあるが、昼行灯タイプだったり、仕事のできないサラリーマンの卵のような学生は、こういうとき、一番目の敵にされてしまう。

 

ナイフを隠し持ってそうな危なそうなタイプも、割愛される。

 

普段のらりくらりと、飼われたペットのように、なんとなく散歩したりエサ食っているような生産性のない学生が、更に楽をしようとしたり、のらりくらりしようとしているところを見ると、無性に腹が立つんだろう。

 

クールビズのように、サラリーマンや学生が鞄を持たないで歩くということが日常的にならない以上はどうにもならないと思った。

 

実は俺も、毎日のように鞄を持たないことで、いちいちクラスメイトに笑われることに嫌気が刺していたから、ここらで終わらせようと思った。

 

家に帰っても絶対に開かない教科書を持ち帰って、また持ち歩くことの方が狂気だと思うが、世間は俺のスピードについてこれなかった。どうしても後ろを振り返ってほしいと懇願されたので、立ち止まって、一緒に走ることにした。

 

結局、次の日から何も入ってないペラペラの鞄を自転車カゴにいれて走った。