25歳の頃、集英社に「幻のチンコオロギを捕まえろ!」という漫画を持ち込んだ話

 25歳の頃、集英社に漫画を持ち込んだ。「幻のチンコオロギを捕まえろ!」という下品でくだらないギャグ漫画だ。
 当時は印刷会社で働いていて、毎日紙と油にまみれて、そして誰とも口をきかずに仕事していた。猿でもできる単純作業の繰り返しで、精神は破壊され、いつもボーッと涎を垂らして床に溜まっていた。
 本当に人生で一番ひどい時で、とにかくこの状況から抜け出したくて、色々挑戦した。別に自分が漫画家に向いてるとは思わなかった。自分は絵を描くように生まれついていないことはわかっていた。まだ文章の方が向いていると思った。だけど、文章なんていくら面白く書けても誰も読んでくれないこともわかっていた。
 ブログやYouTubeで稼げる時代でもなかったので、どうしたものかとひたすら考えて、漫画しかないと思い立ち、初めて漫画を描いたのが25歳だ。遅すぎる。絵を元々描いている人だったら、そこまで遅くないかもしれないが、俺は今までろくに描いたことがなかったのに25歳で漫画を初めて描こうとした。なかなかの無鉄砲だ。そして2週間ぐらいで描き上げて、集英社に持ち込んだ。

 集英社のビルを見つけるのに凄く苦労した。集英社のビルは5個や6個やらたくさん棟があって、持ち込みは一体どこの棟に行けばいいのかわからなかった。集英社のビルというくらいだから、ワンピースだったりドラゴンボールの広告が大きく貼られているかと思えばそんなことはなく、普通のビルに少しだけ漫画の絵が貼られているだけで、見分けがつかなかった。
 中に入ると、受付のお姉さんがびっくりするほど綺麗だった。2人の女性が立っていたけど、2人とも本当に若くて美人で、集英社の上層部の妙な力が働いているような気がした。その女2人とも、自分がどういう目的や意図でここに立たされているのかよくわかっているような顔をしていた。電通もこんな感じなのだろうか? 都会的だった。
 編集員らしき人がちょこちょこ出入りしていた。受付の女性達と顔を合わせる度に、よく話し込んでいた。普通に「こんにちは」だけで終わっていなかった。集英社のスタッフと言うと、めちゃくちゃ忙しいイメージがあったけど、こんな風に女とイチャイチャ話すもんなのかと驚いた。女と話し込むナンパ的な要素がなければ務まらないというのか? 編集者は第2のクリエイターであって、いつも漫画のことしか考えてないオタク野郎だと思っていた。

「持ち込みに来たんですけど」と言ったら、お姉さんに慣れた様子で案内された。非常に長く待たされた。1時間ぐらい平気で待たされた後、すごいマッチョの編集員がやってきた。集英社にもいろいろ雑誌があるけど、今回はヤングジャンプにしてみた。なぜヤングジャンプかと言うと、ジャンプより階級が低くて通りやすいと思ったからだ。あと、俺の持ち込んだ漫画が下品だから、青年雑誌の方がいいと思った。
 マッチョの編集者は忙しそうだったけど、別に面倒臭がる様子もなければ、へりくだる様子もなかった。集英社の印象が悪くならないように最低限のマナーや口振りで俺と話した。一時間待たせたことを大して悪びれる様子はなく、「では漫画を見せてください」と言った。さすがに仕事が早い。
 俺は自分の描いた漫画を見せた。

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 漫画を読んでいる最中、何度かため息を吐かれた。読み終わった直後の一言は、
「これ、ギャグ漫画?」
 だった。なかなかの嫌味である。
 俺は「はい」と答えると、
「このさぁ、度々挿入されている人生訓みたいなものは何?(笑)」
 と言ってほくそ笑まれた。2つ目の感想がそことは、相当読んでて苛ついたんだなぁと思った。感想が、いちいち嫌なとこを突いてくる。ここら辺はさすが編集者といったところだ。
「これはギャグ漫画?」なんて聞くのは非常に憎ったらしい感想だ。「つまらない」「面白くない」よりも嫌ったらしい。悪意を込めて、ギャグ漫画として成立してませんよと言っているのだ。
 次の「人生訓みたいなものは何?」というやつだが、これは、若い作家の新連載なのでよく見られる、無理やりどっからか持ってきた含蓄めいた言葉に我々がせせら笑ってしまうように、カラオケで若い奴が演歌を歌うと片腹痛いように、俺の漫画もそうだと言っているのだ。主人公が勝手に変な師匠と出会って変な境地に落ちいって、不自然に熱くなったり騒いだりして、そこに必然性はなく、終始登場人物の行動が不自然で、無理やり作者が感動を与えたくて必死で、外から持ってきたセリフを当てはめたり、泣かせる言葉や含蓄めいたセリフを書いてしまう。これは、実力が伴わないのに、尊敬されたい、すごいと思われたいという欲求ばかりが先立ってしまって空回りしている恥ずかしいやつだ。この恥ずかしさを俺に気づかせようとしたのだ。実力が伴わないのに、空っぽの自己啓発を振り回すほど恥ずかしいことはない。俺もなんだか顔が真っ赤になってしまった。俺はこの辺りで、この編集者はできるなと思った。嫌味が巧妙だからだ。

 この「幻のチンコオロギを捕まえろ!」という漫画は確かにギャグは滑っている。人生訓も滑っている。だけど、まぁ個性的ではある。不思議なパワーみたいなものがあるような気がする。悪く言えば調子に乗っているところがある。キチガイ系のギャグだったり、ぶっ飛んだ系のギャグというのは、人を不快にさせる。読み手は自分の存在を無視されたような気分になり、無視されたまま、延々とマスターベーションをされているような気分になり、まぁ、不快になる。少量ならいいが、最初から最後までそれだけで構成されているので、この編集者はイライラしたのだろう。

「お笑いっていうのは論理的じゃなければダメだと思うんですよ。全てのお笑いは、解剖すれば非常に論理的に成り立っていると私は思っているんです。あなたは、おそらく感覚的に描かれたと思うんですよ。これは難しいことをやろうとされてますよ。プロの作家がこういった独特の世界観の中でお笑いをやろうとしないのは、できないからではなくてやらないんだと思います。現実から離れてしまって論理的でなくなるからやらないのだと思うんですよ。独特の世界観で功を奏したのは、『ボーボボ』くらいでしょうか? みんな、難しいからやらないんだと思います。お笑いは現実的で論理的なもので、ただでさえ難しいものだから、世界観まで難しいものに設定してしまうと、訳が分からなくなってしまうんじゃないですかね。ワンピースのようなファンタジーもバトル漫画だから成り立っているんですよ。ギャグ漫画はよくわからない世界観でやるのは無理があると思いますね」
「はぁ……すいません」
「いやいや、謝らないでくださいよ」
「ああ、すいません」
「だから謝らないでください(笑)」
「(笑)」
 印刷工場で怒られ続ける毎日を送っていた俺は、なんでもすぐに「すいません」と言う習慣が身についてしまっていた。目の前の人間を自分の中で勝手に大きくしてしまい、地面を踏む度にコンクリートに申し訳ないと思っていた。
 まだ俺はこの人と何も契約を交わしていないから、客人なのである。例え就職活動の面接でも、入職する前は他人なのである。お互いが個々として独立していなければならない。コンビニの店長も面接の時は敬語だ。「すいません」なんて言ってはいけないのだ。

「好きな作家さんとかいますか?」
「大石浩二先生です。『いぬまるだしっ』が好きです」
 そういうと、今までのどこか嫌味ったらしい態度が消えて、急に親しみを込めた、にこやかな笑顔を見せてきた。
「そうですか! 『いぬまるだしっ』が好きなんですかぁ! 僕も大好きなんですよ! ああそうなんだぁ〜、『いぬまるだしっ』かぁ〜〜!」
 同じ編集部に『いぬまるだしっ』が好きなスタッフがいないのだろうか? 久年の友を見つけたようにはしゃいでいた。
「『いぬまるだしっ』もねぇ、やっぱり論理的じゃないですか? あれほど論理的なギャグ漫画はないですよね? だからあなたもできるだけ多くの人に漫画を見せたりしながら、感覚的ではなく、論理的に作れるようになるのがよろしいかと思われます」
「画力はどうですか?」
「うーん、このぐらい描ければ、まぁいいんじゃないですか?」
 俺はこの時、自分の絵がどれだけの画力かよくわかっていなかった。初めて描いたというのもあり、自分がどこの地点に居るのかさっぱりわからなかった。だから、『このぐらい描けていればいい』という言葉は嬉しく感じた。だが、その感情はすぐに裏切られることになる。
「ちなみに今、おいくつですか?」
「25」
「ああ、そうですか、全然いいんじゃないですか、若いじゃないですか! 25から持ち込んでくる人は全然多いですよ? 画力もすぐみんな上手くなっていきますからね。やっぱり色んな人に見てもらうことが大事ですよ。ギャグ漫画は人によって全然意見が変わってきますからね。編集者でもそうです。僕の方では正直よくわかりませんでしたが、他の編集から見たら面白いと言ったり、何か感じるところがあるかもしれません。せっかくここまで来たんだから、もう1人か2人見てもらったらどうですか?」
 本当に糞作品だったらこんな言葉かけてもらえるはずはない! この人は俺の漫画はあまり好きではないけど、どこか見張るものがあると思ったから、そう言ったのだ! と、都合のいいように解釈して、つい嬉しくなってしまった。
 そして、本当にその言葉を真に受けて、別の編集者に来てもらうように受付でお願いした。ヤングジャンプの編集者はレベルが低くて俺の漫画がわからないと思って、今度はジャンプの編集者を呼んだ。

 ジャンプの編集者はヤングジャンプの編集者より更に忙しいようで、電話をかけた時からイライラしていた。
「今からですか? あのーちょっと急なんで困りましたねぇ。2時間ほど待ってくれるのであれば構いませんが、そういう時は前日に連絡してもらえないでしょうか? ちょっと急過ぎませんかねぇ……」と何度もため息をつかれながら言われた。まぁ、せっかくだから俺は2時間待つことにした。
 本当に2時間ぐらいして、男はやって来た。遅れてきたくせに、またその男も受け付けの女と10分も15分もべらべら話していた。一体集英社の編集者はどうなってんだ? ただのナンパ野郎しかいねーじゃねーか。忙しいんだったら仕事しろよ。一日中風俗ハシゴしてんじゃねーのか? と思ってしまうほど、男は鼻の下が伸びていた。

「すいません、お待たせしました」 
「いいえ」
 先程の編集者とは打って変わって、非常に細身で小柄で鬼頭ヘアーでメガネをかけた大人しそうな人だった。なんでこんな下ネタみたいな頭したヤツがナンパしてんだ? どうなってんだ? 集英社は。

「それでは漫画を見せてもらえますか?」と言われた。やはり仕事が早い。
 俺は漫画を差し出すと、表紙を見た途端、ギョッとした顔をした。
 俺のことを、2時間待たされても、殊勝な態度で「いいえ」と言える、できた人間に思っていたから、こんな表紙の漫画を差し出されてびっくりしたのだろう。
 しかし、突き返されることなくちゃんと最後まで読んでもらえた。1度も笑われなかったが。
 読み終えると、「うん」と唸づいて、一息ついて、「正気ですか?」と笑われた。俺は「はい」と答えた。
「そうですねー……。良かったところから話しましょうか。安定感はあると思います。ギリギリのところでラインを保っているような、一つどこかで扱い損ねると、物語全体が崩れてしまいそうなところを、なんとか保っているような印象を受けます。よくわからないけどギリギリなところで物語として成立しているような気がします。その、何が安定しているか、うまく言葉では言えませんが」
 それはつまり、キチガイのキチガイなりの動線が確立されているということなのだろうか? 褒められているのか? 貶されてるのか? しかし、さっきのマッチョと比べたら好印象ぽかった。
「で、悪いところなんですが、そのー、まぁあなたもわかっているとは思いますけども、タイトルにチンコが入ってる時点でNGです。マンコオロギもNGです。そしてチンコオロギのデザインもNGです。そのあたりを直してもらわないと賞レースには持ち込めないですね」
「じゃあ、それを直せば賞レースに持ち込めるんですか?」
「いや、とにかく画力が低すぎます。特にこのような漫画ですと画力が要求されます。独特の自分の世界観を伝えたいのであれば画力がとても必要になります。漫画太郎先生とかいい例かな? 画太郎先生も画力あるからなぁ〜。そして雑過ぎます。原稿を描くという意識が足りてません。鉛筆書きの跡も消えてないし、線の一つ一つが非常に汚いし、枠もはみ出しているし、丁寧さに欠けます。原稿を原稿だと思っていません。もしよかったら、プロの描いた原稿を持ち帰ってみますか?」
「お願いします」
「ちなみに今おいくつですか?」
「25」
「うーん、25かぁ。25……かぁ〜」
 そういうと、編集は笑い出した。
「ギリギリだなぁ。25歳かぁ。仕事もやられてますよね? うーん、ちなみに1日で漫画を描ける時間はどれぐらいありますか?」
「2時間ぐらいです」
「そうだよなぁ、まあ、それぐらいしか時間取れないよなぁ。ちなみに、これから本気で漫画家になろうと思っていますか?」
「はぁ、そのなんというか、今回は自分の漫画がどれぐらいのレベルなのか確認したくてやってきてしまった感じです」
「そうですか。それでは、感想なら、そうですね。やはり画力が低くて掲載レベルには至れません。まずは画力をどうにかしてくださいとしか言えません。ただ、個性的だしパワーみたいなものは感じましたよ。そして、この変な感じの空気を保ったまま物語が完結していますから、面白いな、とは思いました」
「画力ですかー、なかなか絵が上手くならなくて。絵を描くのがそんなに好きじゃないというか」
「そんなこと言われても困ります。それは本人の努力でなんとかなる問題ですよね? ちなみに今あなたの前に、九州からここまでやってきた19歳の子の原稿を見ましたが、あなたより遥かに絵が上手いです。そして非常に努力しています。漫画家になる覚悟を決めておらず、ふわふわした気持ちだと、とてもじゃないけど難しいと思います」
 編集者でも真逆の意見になるんだなと驚いた。


 そうして俺は家に帰って色々反省した。辞めるべきかどうするか迷った。だけど、今出来ることは漫画を描くぐらいしかないと思い込んでいたので、とりあえず二作目三作目と続けて描いた。持ち込むことはやめてしまったけど、ネットで発表していた。一応手元に残っているので、見たい人がいたら載せようと思います。
 しかしどの作品もイマイチだった。おそらく今覚えば、デッサンや構図がデタラメでチグハグした感じが目立つことや、漫画のセリフという短い言葉で的確に表現する大喜利のようなセンスに欠けていた為だろう。決めなきゃいけないとこで滑っている。これは画力というよりセンスの問題か。同じ頃に書いたシナリオや小説の方が上手く書けている気がする。

www.simaruko.work

 

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 創作というのは、作る上での約束事があって、その約束事をしっかり守れない以上はどうやっても面白くならないし、創ってる本人も楽しめないものである。
 例えば教室で先生と生徒がやり取りをしていても、机や椅子や窓やドアや教壇がしっかり描かれていないと、少なくとも記号として何がどうなっているのかすんなり入っていけるものでないと、ふわふわしてしまってよくわからない情報で終わってしまう。描いてる方も自分でそれを痛感してつらくなる。

 最後に、あれから8年経った今、俺の目でこの漫画を批評してみよう。1人目の編集者に言われたように、身の丈に合わないことをやろうとしたなという所感だ。漫画を初めて描く人間ほど、すごいことをやろうとしてしまう。めちゃくちゃ笑えて、しかも含蓄の富んだ、誰も見たことのないすごい漫画を描こうとしてしまう。気づいたかどうかわからないが、オチは「まどかがマンコオロギだった」というものだ。しかし画力というか描写が足りなくて、まどかではなくて別の誰かがマンコオロギになったような、急に突然マンコオロギが出てきたような感じになってしまっている。友人に見せたところ、突然マンコオロギが出てきてよくわからなかったと言っていた。それをやりたかったのなら、まどかがマンコオロギに変貌する描写をちゃんと描かなければならなかった(トレードマークの帽子? を落とすとか)。変なキャラが万札を破って人生訓っぽいことを垂れているのも滑っている。あと、チンコオロギの糸みたいなヤツで全員捕獲されてるだけで終わってるのは、もちろん画力がないからである。画力がなくて飛んだり跳ねたり複雑な戦闘シーンを書けなかった為である。主人公の少年がどれだけチンコオロギの猛攻を受けても死なないが、弱点を知ってるまどかに浮気だと勘違いされて殺されるというクライマックスを作りたかった。

 せいぜいこの漫画の面白い点は、主人公の少年が虫取り網でヒロインの頭に振りかかってるところだろう。そこがこの漫画の肝だから、とにかく虫取り網を、ひたすら女の子の頭に向かって振り続ければよかった。そんなシーンだけでよかった。あと、摩天楼がチンコオロギに「すいませんすいません!」と謝ってるところも少し面白かった。当時は、友達が「摩天楼? がチンコオロギに謝ってるとこだけ面白かった」と言っていたけど、その意味が今わかることができた。難しいことをやりたかったんだろう。面倒くさいごちゃごちゃしたセリフの応酬は不要で、ただ虫取り網を振ってるだけの漫画でよかった。